代表長尾が語る経営の道標

弊社代表長尾の経営に関するメッセージを
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1998年版 経営の道標

経営の道標12月

優位性を確立せよ

 1999年を迎えるにあたり、企業経営者に考えていただきたいことは、自社の優位性を確立するということだ。自社は何をもって他社より優れているのか、その優れた点はどういう仕組み、原因によって支えられているのかということに、明確な答えを持つということである。
 今この優位性の確立ができていない企業が次々と危機に陥っている。銀行、ゼネコン、商社をはじめとして、中小レベルの企業まで横並びの経営をしてきたところが破綻している。今までこれだけの売上があり、利益があったのだから、これからもこれだけの売上は確保できるだろうなどと甘い考えを持っていてはならない。他社との間で優位性がなければ顧客はいつ逃げてもおかしくないのだ。そんなことは自分が顧客となる場面を考えればすぐに分かることだが、経営の現場でそのことを本当に理解していない人が少なくない。
 特に、新規事業、新販路、新商品に取り組む時には、この優位性の検討が非常に重要である。既存の商売であれば、実績や人間関係、取引の移行コストなど競合の障壁がなくもないが、新規の場合には逆にそれを乗り越えたりすることも考えなければならない。先日もある経営者が、インターネット通販を始めるというので、「御社の商品にはこれといった優位性がないので、今のままインターネットに載せてもうまく行きませんよ」と指摘したら、不機嫌な顔をされてしまった。インターネット書店のアマゾンなど一部の成功例が派手に紹介されているために、インターネットに商品を載せれば売れると思っているのか、インターネットが優位性の原因となると考えているようでは話にならない。すぐにできることは簡単に真似をされてしまう。現にその企業が扱っている商品をキーワードに検索をかけたら、一万件を超すヒットがあった。どうやってその中で顧客から選んでもらうのか、また選んでもらえる商品たり得るのかという議論を飛ばして、手段だけを考えてはならないのだ。
 他社よりも優れている点、これが横文字では「コア・コンピタンス」と呼ばれているが、単に競合他社と比較して優れているというだけでは駄目だ。他業種からの参入もあるし、外資の進出もある。優れているだけでなく、絶対に真似をされない、真似できない優位性を築くことである。というと、中小企業の経営者には、「そんなことは中小企業には無理だ」とすぐに諦らめてしまう人がいるが、そうではない。
 中小企業だから、弱小企業だからできる戦略があるのだ。ここで細かく紹介はできないが、いろいろやり方はある。最も分かりやすいのは、デルやゲートウェイなどのパソコン直販を力と実績のある(すなわち販路を確立している)IBMやコンパックが真似しにくいという事例だ。業歴があり、実績がある企業には、もちろんそのことによる強みがあるが、かならず弱みも併せ持っている。  是非この年末年始に自社の優位性の確立についてじっくり考えて欲しい。

1998年12月

経営の道標11月

ベンチャーとは株式公開することなのか

 バブル崩壊後、しきりに唱えられた構造変革への処方箋として、いわゆるベンチャー支援が行われてきた。開業率と廃業率が逆転したこともあって、国を挙げてのベンチャーブーム創出である。民間のベンチャーキャピタルはもとより、公共団体が出資をして基金を作ったり、直接的な優遇融資などがかなり行われてきた。同時に創業支援の研修会なども活発であった。
 ところが、ベンチャー企業の破綻もここに来て目立つようになった。(ベンチャーの旗手ともてはやされたカンキョーを見よ)景気低迷が長期化し、思惑が外れた不運な例もあるだろうが、その多くは、頑張り過ぎ、無理し過ぎ、すなわち誰も彼もが株式上場、店頭公開を目指してしまったことに原因があるのではないだろうか。
 上場企業、公開企業を経営するだけの器や経営力がないにも関わらず、技術力があるとか、斬新なアイデアがあるというだけで、金を出し、支援をしてしまい、経営者を「もはや突っ走るしかない」という状況に追い込んでしまったのではないか。優れた技術や発想を持った企業を育て、株式を公開していくということはもちろん大切だろう。経済の活性化にも貢献するに違いない。しかし構造変革や雇用のシフトを実現することが、更に大きな目的であるとすれば、すべてのベンチャーが株式を公開する必要はない。  仮に、技術的にも目新しいところはなく、発想にも斬新さがないような企業であっても、それが既存の活力を失った企業よりも、熱意と誠意を持ち、より顧客の満足を生む経営をしさえすれば、100人、200人の雇用を創出することも十分可能であるし、経済の活性化にも貢献するだろう。現に、既存の中小企業はそのようにして、日本経済を支えてきたのだ。
 ベンチャーキャピタルはその成り立ちから言って、株式のキャピタルゲインを得るために出資先企業を何としても公開させたいだろう。しかしそのブームに乗って国や県などがベンチャー支援をしてしまったところに大きな問題がある。
 金があると使わなければならない。金がなければ、我慢したり時間をかけてじっくり行くところを、金があるものだからリスクを犯す。それを乗り越えてこそ、公開企業、上場企業の経営者足りうるのだが、なかなかそうは行かないのが現実だ。破綻したベンチャー企業の経営者の中にも、100人、200人程度の企業規模であれば、結構ユニークな会社として高収益な経営ができた人がいるはずである。
 脱サラをして10名の社員を雇用するだけで、立派なベンチャーである。それが100名も雇用して立派に継続すれば大ベンチャーだ。その中で本当に公開企業を目指す者だけが更なる挑戦をしていけば良い。企業経営の正解は規模の拡大にあるのではなく、あくまでも社会への価値還元にある。上場基準や公開基準に満たなくても、一燈照隅で顧客に喜ばれる経営をすれば良いのだ。企業経営とマネーゲームが混同されているようである。

1998年11月

経営の道標10月

SFAは必然である

 頑張れば売れた時代が終わり、頑張っても頑張っても売れない時代になって、SFA(営業支援システム)導入が各企業で進んでいる。より高いレベルの営業管理を実現しなければ成果が出ないからだ。一日当たりの訪問軒数や商談時間、電話本数などをチェックし、効率を上げていくことだけを考えていれば良い時代は終わった。現在は如何に効果を高めるかということが問われており、単なる生産性の向上(効率アップ)は成果に結び付かないという現実を知らなければならない。
 そこでSFAの導入がブームのようになっているのだが、未だにSFAは特別なものであって、「うちはまだそこまでは良いだろう」と考える経営者も少なくないようだ。これはSFAの本質を理解していないからだ。SFAの本質は営業管理の基本を徹底させ、経営のスピードを上げることにある。何も特別なことをしようというものではないのだ。
 SFAは最低限3つの機能を備えている。1つは「顧客情報収集機能」。マーケットの動き、顧客のニーズを吸い上げて、顧客情報を会社の情報にする仕組みだ。2つめは「営業アプローチ管理機能」。そのマーケットの動きに対して、自社の営業マンがどのようなアプローチを行っているかを把握する仕組みだ。これで「敵を知り、己を知る」こととなる。そして3つめは「日次行動修正機能」。顧客の動きと自社営業マンの動きのミスマッチをデイリーに修正しマッチングさせていく機能である。
 この3つの機能はどんな会社にも必ずあるが、すべて大雑把にしか把握されていない。そして行動修正は速くて1週間、遅いところは1ヶ月間隔で行われている。これでは競争に勝てないだろう。情勢は日々刻々と変化しているのだ。
 営業マンが顧客情報を個人的に仕舞い込み、営業日報も顧客カードも書いていないような企業は何をかいわんや、である。企業を支えているのは顧客である。その顧客の情報が営業マン個人の属人情報となり、その個人の頭の中に埋もれているようでは、強い企業体質は作れない。  したがって、SFAを導入することは成長を志す企業には必然であり、導入するかどうかで差が付くのではなく、如何に活用し成果に結び付けるかというレベルで差が付くことになるだろう。  具体的な活用方法については、ここではオープンにはできないが、営業マン本人が日々入力する人間臭いシステムであるということがポイントである。ここが従来の業務系・基幹系システムと大きく違う点である。
 ともかく、企業経営は顧客ニーズを満足させる競争であることを忘れないで欲しい。

1998年10月

経営の道標8月

真・善・美

 前回の「売ると売れる」で指摘した、何としても売るという営業姿勢が求められているという点について、とにかく何でも売れば良いと誤解される恐れがあるので、ちょっと付け加えてみたい。
 自社の扱い商品やサービスを売るのは当たり前だ。しかしそれは最高の商品であるとは限らないだろう。自分が惚れ込めるサービスではないかもしれない。それを何としても売れというのでは、お客様をだますことになりはしないかと考えてしまう。
 目の前にある商品を何としても売れというのは、短期的な問題だ。次にはその商品を最高の物、すなわち自分自身が真・善・美を感じるものに変えて行かなければならない。自分が扱っている商品は「これこそ本物だ」と言えるものだろうか。本心から「これは良い」と感じるものだろうか。「奇麗だな、美しいな」と惚れ惚れしてしまう商品だろうか。
 もしそうでないなら、今すぐ新商品を探しなさい。今すぐ新商品を開発しなさい。今すぐ担当セクションに掛け合いなさい。  長期的には、今扱っている商品に固執することはない。もっと良い商品にすれば良いのだ。サービスなら自分たちが商品だから、より良いものにしていけば良い。
 営業は与えられた商品を売れば良いのであって、良い商品を探したり作ったりするのは別の人の仕事だ、と考えていてはならない。営業は顧客に直接接する仕事である。したがって商品開発に最も有利な部署である。もちろん総務も経理も製造もすべての部署で自分たちの商品を最高のものにするにはどうすれば良いかを考えるべきである。これが全社営業体制の第一歩である。
 自分に与えられた仕事をしていればそれで良いと考えてはならない。自分が真であり、善であり、美だと感じる仕事をするべきなのだ。そして、そうすることこそが付加価値を生み、成果を生む方法なのだ。金の為だと割り切って何になる。我々は奴隷ではない  お客様に喜ばれ、そのことを自分自身も心底喜べる時、売れ始めるのだ。

1998年8月

経営の道標7月

売ると売れる

 厳しい経営環境、営業環境において、「売る」という姿勢と「売れる」という姿勢の違いを明確にして欲しいと思う。売れるものが売れるのは当たり前であって、営業の力ではない。売れるものだろうが、売れないものだろうが、何としても売るのが営業マンの役割であり、価値である。もちろん、どうしようもない欠陥商品を無理して売るようなことはしてはならない。自社が扱うまともな商品であれば、それを如何に売るか、どこに売るかということを真剣に考え、行動していかなければならない。
 ところが、多くの企業の営業マンは、売れる商品を求め過ぎている。放っておいても売れるような商品を求めている。そんな商品はありはしないし、もしあったとしても一時のことである。皆が勝ち馬に乗ればさすがの勝ち馬も走れなくなる。
 売りやすい商品を求め、売りやすい顧客を探して行くことはもちろん大切なことではあるが、それがあまりに行き過ぎているのではないだろうか。
 営業の生産性や効率を考えることも必要だろう。どうせ売るなら売りやすい方がいいに決まっている。しかしそれに頼り過ぎてはならない。売れない商品を売れるようにする。売りにくい商品を頑張って売るというところにこそ、営業の醍醐味があるのだ。そういう営業が出来てはじめて、売れない時代に売ることが出来る。
 厳しい時代、物が売れない時代だからこそ、売れるものを探すのではなく、今、目の前にある商品を自分の力で売ることを考えなければならない。「俺が売る」という意気込みを忘れてはならない。「あ、売れた」と言ってただの偶然を喜んでいてはならない。
 経営者、営業支援部隊は、営業部隊にこの「売る」姿勢を維持させながら、売れる商品を探し出し、開発する努力をして欲しい。

1998年7月

経営の道標6月

善循環と悪循環

 最近はどこの会社でも「厳しい、苦しい」の連発である。厳しく苦しいのは分かった。そこでどういう手を打っているのか?如何にしてこの状況を切り抜けようと考えているのか?その話は出てこない。先日も、ある雑誌の取材を受けていて、「こういう厳しい時代にはコンサルタントへの相談が増えるのではないですか」 という質問を受けた。自社の先行きに不安を感じて誰かに相談したくなるのではないかということらしい。しかし実際には、新しく相談が舞い込むのは勢いのある会社だ。確かに厳しく楽な状況ではないが、先行きに希望を持って私のところへ話が来る。「つぶれそうなので何とかならないか」という相談は来ない。相談したい気持ちはもちろんあるだろうが、コンサルタントに相談する金がないと考えるのだろう。こちらもプロとして商売でコンサルタントをしている以上、料金をいただけない企業の仕事をすることはできない。
 なぜ、そこまで苦しくなる前に相談しないのか。相談する金もないようでは、もう手が打てないのだ。新製品の開発も無理だ。新規事業の立ち上げも無理だ。新規ルートの開拓にも金が要る。そして悪循環に陥る。したがって、本当に苦しい、今にも倒れそうな企業から我々に仕事が舞い込むことはないのである。コンサルタントの中には企業の駆け込み寺と称す人もいるが、私はそういう存在を信じない。金を取らないのではプロではないし、万事休した弱みに付け込んでお金を取るのでは言語道断だ。悪循環に陥る前に、具体的な手を考えて欲しい。そして余裕のあるうちに着手することだ。別にコンサルタントに相談する必要はない。どうも自信がなかったり、新しいことに着手する上でアドバイスが欲しい時に相談してくれれば良い。
 結論を言おう。厳しく、苦しいから手が打てない、もしくは打つ手がないのではなく、普段から打つ手を考えていないからいざという時にも打つ手が浮かばないのだ。企業経営は善循環と悪循環。良いように回れば良いように進む。悪いように進めばますます悪くなる。良い時に更に次への一手を打つ。悪くなりはじめたら早めにその勢いを止める手を打たねばならない。景気がよくなること、政府が何とかしてくれることをあてにしてはならない。一日も早く具体的な手を打って欲しい。そしてその手は必ずある。

1998年6月

経営の道標5月

アウトソーシング

 今、アウトソーシングが注目を集めている。アウトソーシングとは、業務の外部委託のことだが、単なる外注化ではない。パートナーシップに基づいた企業間連携と考えた方がより近いだろう。多くの場合、ネットワーク技術(通信・コンピュータ)によって結びつき、外部でありながら、情報へのアクセスは簡単に実現できるというのが流れである。
 コア・コンピタンスという戦略的な考えに基づいてアウトソーシングを進める場合、戦略的アウトソーシングと言う。コア・コンピタンスとはご存知のように、自社の核となる事業や技術に的を絞って企業経営を行なうことであり、その実現のためにはどうしてもそれ以外の業務をアウトソーシングせざるを得ない。現在のような厳しい企業環境の中では、余分な業務は削り、必要に応じて活用する外部化は必然でもある。人材派遣の好調さも業務の外部化、固定費の変動費化を実現しようとする企業の動きに支えられている。
 弊社も昨年から人事、採用のアウトソーシング業務受託を始めているが、ここに来て実需が盛り上がってきた。当初は関心は高いものの、将来の検討事項としか捉えられていなかったようだ。人事や総務、経理など間接部門は、企業毎の差は自分達が考えるほど大きくなく、仕事をまとめると効率が良く、また累積経験量によって質も高められる。会計事務所などが安い顧問料で存在するのはこのためである。これまで、人事、経理などの業務は社外への情報漏洩が懸念されて社内に抱え込まれていたが、これらの情報は社内では価値があっても外部では大して価値がない。更に守秘義務の契約により、漏洩した際の保証も確実だ。会計事務所は大丈夫でアウトソーサーは信用できないというのもおかしな話で、アウトソーシングの活用はこれからどんどん進むに違いない。
 何よりも大切なことは、アウトソーシングによって業務の質が上がることで、社内の人材が中途半端にやるよりは格段にレベルが高い。また情報技術の進歩により、あたかも社内にデータがあるかのように、必要に応じて情報を取り出すこともできる。
 私は一歩進めて、現在の社員を個人事業主にして、そこに業務を委託することをお勧めする。大企業が自社内の部門を子会社化するのと同じである。中小企業では会社を作るまでのことはできないが、SOHOにして在宅で仕事をさせることはできる。女性の活用や高齢者の活用にもつながるだろう。社会保険料や厚生年金などもセーブできる。そして何より、これからの厳しい時代にやりがいのある仕事を与えることができるのだ。過去の延長線上で何も手を打たず、経営を行き詰まらせるくらいなら、早めに厳しい手だてを講じるべきだろう。

1998年5月

経営の道標4月

人材採用

 就職協定が廃止された中での就職戦線も終盤を迎えた。1ヶ月から2ヶ月前倒しになると予想された割には例年とあまり変わらない時期に内定のピークとなったのではないだろうか。今年は就職協定がなくなったことで、これから若年人口が急速に減少する中で中小企業が採用に苦戦する姿が実際に垣間見られた。3月から5月にかけて、例年は水面下で動く大企業に多くの学生が動き、大中小入り乱れた採用活動で中小企業の業界セミナーは軒並み低調なものとなった。最近の学生はベンチャーブームの影響で規模だけ見て大企業に走るようなことはないが、特別魅力のある中小企業を除いて、学生を動員できる中小企業はそう多くないのが現実である。今はまだ大企業の採用意欲もそれほど大きくないが、これから先若年労働力が減少してくると、中小企業に流れる人材はそう多くないと覚悟すべきである。
 これからの時期、7月から8月にかけては大企業で失敗した「負け犬学生」たちが中小企業を回り始める。それに飛びつくことは簡単だが、負け犬は中小企業では役に立たないことが多い。安易な採用は禁物である。これからの時代、すべての業務を正社員で行う必要はなく、定型的な業務はどんどんアウトソーシングして外部に出して行くべきである。本当にその企業に魅力を感じ、そこに自分の全力を出しつくそうとする人材だけを採用することが重要である。人材派遣も規制緩和され、ほとんどの業務は外部化が進むだろう。新卒の派遣社員も現れる時代である。もっと柔軟にもっと厳しい姿勢で人材採用を捉えるべき時が来ている。
 そして、学生に内定を出した企業では、これから約9ヶ月の入社前の期間に一通りの教育を済ませておくことを御提案する。通信教育や課題図書を与え、レポートを提出させる。夏休みなどにはアルバイトで呼んで、実地教育するのもいいだろう。給料を払いながら教育するのではなく、給料を払う前に給料を払うだけのことはできるようにしておくことが重要である。来年4月には即戦力として新卒を使うのである。

1998年4月

経営の道標3月

ドメイン・コンセンサス

 企業戦略は体系化され、論理的に意図されたものでなければならない。過去の延長による事業拡大や単なる思い付きの繰り返しでは、当然その企業のパワーは分散し、一点突破の集中力を持てない。弱者が集中して強者の弱点を突くのは兵法の基本であり、経営資源の劣る中小企業が全面展開をして通用するはずがない。
 ところが、事業拡大や新しいアイデアの実行は、当面の売上拡大と収益の増加を招く。短期で見れば、何もせず手をこまねいているよりは、何か手を打って動いた方が良いわけで、経営者はそうした罠に罠とは考えずに(成功したと思いながら)はまっていくことになる。この罠は「できる経営者」が陥りやすく、派手な印象を周囲に与えながら、結局つまづくことになった経営者は概してこの罠にはまっているものである。
 但し、ここで勘違いしてはならないのは、本業重視で本業だけを連綿と続けていくことが善ではないということである。過去の延長だけでは時代の変化に対応していけない。新しい事業の柱を持ち、新しい商品群を育てていくことは企業経営に必須である。
 ではどうするか。複数の事業、多様な商品アイテムを統合する明快なコンセプトを作ることである。新しいコンセプトによって、それまで不整合に見えた事業が一連の流れを持って整理統合される。社員からは「あっそうか」と納得され、社外からは「なるほど」と理解される。  この統合コンセプトができれば、それまで多くの事業を手掛け、多くの商品を扱っていればいるほど、ユニークな業態を創出することが可能となる。もちろん、事業の幅、商品の幅が広ければ広いほど、それを統合するコンセプトを明確にすることは難しいものとなるのは当然である。
 出来上がったコンセプトに沿って、将来ビジョンを語ることが、社員を引っ張っていくためには必要である。そして、大義名分、目的を語る。人を動かすには動く理由が必要である。目的が必要なのである。意味が必要であるとも言えるだろう。人間は意味のないことはしたくない。それがつらく厳しいものであればなおさらである。楽しく気持ちよく楽なことなら、意味もなくただ本能のままに動くことができる。それ以外のことは何か理由がないとなかなか動けないものである。仕事上では多くの場合、「お金を稼ぐ」という理由で労働を正当化しようとするが、これではお金に困っていない限り頑張りが利かない。自分の為にやっていることは自分が我慢すれば済むことだけに、簡単に諦めてしまうのだ。
 事業コンセプトを明確にし、社員を巻き込んでいくことを「ドメイン・コンセンサス」という。混沌とする時代の中で今まさに「ドメイン・コンセンサス」が求められている。

1998年3月

経営の道標2月

全個一如

 全体の中に部分があり、部分の中に全体がある。全個一如の関係という。全体と部分は切り離すことが出来ず、常に一体の関係となっていることを知っておかなければならない。企業と社員との関係でも全個一如が当てはまる。ある企業を説明するためには、そこに所属する社員全員を説明しなければならない。一人でも説明がないと、その企業の実体を説明しきったことにはならない。反対に、社員個人を説明するためには、どうしても1日の内の大きな部分を過ごしている勤務先について説明し、どういう会社でどういう仕事をしているのかを説明しなければ、その個人を説明しきれない。
 したがって、企業の評価が高ければ、個人の評価も高まることとなり、個人の評価が低ければ、その企業の評価も低くなることになる。これは何も企業と社員の関係に限ったことではなく、家族との関係も学校との関係も日本という国との関係でも同じである。
 そしてこの全個一如の関係は一生切り離すことができない。その企業に勤めている間はその企業と切っても切れない仲であると言っても分かりやすいが、その企業を辞めてしまっても切れないとは普通考えない。業績の悪い、評判の低い企業を見限って辞めた社員は、その本人の能力に関係なく低い評価がついて回る。仮に転職に成功したとしても、何か失敗した時には「やっぱりあの会社の社員はダメだな」と言われることになる。反対に能力がないからと言って辞めてもらった社員が、やっぱり転職先で失敗ばかりをしていると「あの会社はどういう教育をしていたのか」と元の会社の評判に傷を付ける。これは何度転職を繰り返しても同じ事で、全体と個人で一度関係を持ってしまえば一生ついてまわることになる。
 出身校も一生離れることが出来ない関係である。出身大学の評価が高まれば、既に卒業していても評価は高くなる。そして一生切り離すことはできない。家族との関係も、いくら家族が嫌いで、別居して最後には籍も抜いて法律上他人になったとしても、母親も父親も兄弟も取り替えることはできない。日本人が嫌いで米国に渡ってアメリカ国籍をとったとしても、どこをどう見ても「ジャパニーズ」であり、日本人であったという事実は消すことが出来ない。
 この全個一如は事実認識であり、この事実を知らずに「自分は自分、会社は会社」などという子供の様なことを言う人間は考えが浅いと言わざるを得ない。簡単に転職を繰り返したり、自分の仕事に責任感も持てない人間は全個一如を知らない。経営者であってもこの事実認識が出来ずに「ダメな社員は辞めさせれば良い」と考えている人がいる。また「辞めてしまえば関係ない」と考えている経営者もいるが、そういう簡単なものではないことを知る必要がある。  全個一如は「人生とは時間の積み重ねであり、過去の時間を消すことはできない」という事実によってもたらされるが、自分が作った因は必ず自分に果となって現れるという真理を実証するものでもある。

1998年2月

経営の道標 年度別

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